新潟地方裁判所 昭和25年(行)14号 判決
原告 佐藤正 外四名
被告 新潟県教育委員会
一、主 文
原告佐藤正、南雲源兵衞、藤田正の各請求を棄却する。
被告が昭和二十五年二月四日附を以つて原告酒井信子、福井ツルヨに対して爲した各休職処分を取消す。
訴訟費用中原告佐藤正、南雲源兵衞、藤田正と被告との間にそれぞれ生じた分は当該原告の負担とし、原告酒井信子、福井ツルヨと被告との間にそれぞれ生じた分は被告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、被告が昭和二十五年二月四日附を以て爲した原告等に対する各休職処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因としてのべた要旨は、(一)原告佐藤正は新潟縣北蒲原郡中浦村立中浦中学校に、同南雲源兵衞は同縣南魚沼郡五十沢村立五十沢中学校に、同藤田正は同縣南蒲原郡今町立今町中学校に、同酒井信子は同縣北蒲原郡笹岡村立笹岡中学校に、同福井ツルヨは同縣岩船郡村上町立村上中学校にそれぞれ教員として勤務する教育公務員であるが、その任免権を有する被告委員会は昭和二十四年十二月七日原告佐藤正、同南雲源兵衞、同酒井信子、同福井ツルヨに対し同月九日、原告藤田正に対しそれぞれ辞職を勧告し、原告等に於てこれを拒否したところ、昭和二十五年二月四日附を以て教育公務員特例法第十五條同法施行令第九條地方自治法附則(昭和二十二年法律第六十七号)第五條により官吏分限令第十一條第一項第四号を準用し原告等を休職処分に付した。(二)しかしながら(1)教育委員会法第四十九條第五号によれば、教育委員会が教育公務員の任免その他の人事に関する事務を行うには別に教育公務員の任免等に関して定むる法律の規定に基かねばならないのであつて、この教育公務員の任免等に関して規定する法律が教育公務員特例法である。從つて教育公務員たる原告等に対する休職処分は教育公務員特例法の規定による場合のほか爲し得ないのであつて、同法によれば休職処分を爲し得るのは同法第十四條に定められた結核性疾患の場合と同法第十五條の規定から想像される懲戒処分の場合のみに限られている。しかも同法施行令は政令であり右施行令第九條は法律の委任に基いて制定されたものでもないのであるから、同條に基き官吏分限令第十一條を準用することはできない。(2)仮に教育公務員特例法施行令第九條に基き官吏分限令第十一條が準用されるとしても、同條は国家公務員法第七十五條、第七十九條と矛盾するから、教育公務員特例法第二十三條第二項により国家公務員法の規定が優先して適用されるのである。(3)右の主張が認められないとしても、官吏分限令第十一條第一項第四号に定められた「官廳事務の都合」というのは一般事務職員たる公務員についてのみあり得るのであつて、教育公務員の如くその職務と責任の特殊性が認められているものにはあり得ないのであるから、教育公務員に対して官吏分限令第十一條第一項第四号を準用することはできない。(4)又仮に教育公務員に対して官吏分限令第十一條第一項第四号が準用されるとしても原告等に付ては被告の主張するような別紙記載の事実はなかつたのであつて仮にそのような事実があつたとしてもこれを以て「官廳事務の都合により休職処分に付する必要がある場合」にあたるとはいえない、從つていづれにしても原告等に対し官吏分限令第十一條第一項第四号を準用して爲した本件休職処分は違法である。よつてその取消を求めるため本訴に及んだものであると述べた。
(証拠省略)
被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告等主張の事実中(一)は認めるが(二)は否認する。被告は原告等にそれぞれ別紙記載のような事由があつて学校の運営に支障を生ずるのでこの支障を除去するため教育公務員特例法第三十三條に基き制定された同法施行令第九條及び地方自治法附則(昭和二十二年法律第六十七号)第五條により官吏分限令第十一條第一項第四号を準用して原告等を休職処分に付したのであつて、右処分には原告等主張のような違法はないと述べた。
(証拠省略)
三、理 由
原告等主張の(一)の事実は当事者間に爭ひがない。
よつて原告等の(二)の主張につき檢討するに(1)教育公務員特例法は元來教育公務員が一般公務員と異る特殊の職務と責任とを有することから教育公務員の任免分限等につき一般公務員に適用される法律の特例を規定したものであるけれども、これにより教育公務員に対し一般公務員に適用される法律の適用を全く排除したものではなく、一般公務員に適用される法律の規定中右特例法に規定されていないもの及び同法の規定と牴触しないものは教育公務員に対しても適用されるのである。從つて右特例法第三條に定められた国家公務員としての身分を有する教育公務員に対しては右の範囲内に於て国家公務員法が適用され国家公務員としての身分を有する教育公務員に関する限り右特例法は国家公務員法附則(昭和二十二年法律第百二十号)第十三條に基き制定されたものである。ところで右特例法第三條に定められた地方公務員としての身分を有する教育公務員については右特例法制定当時国家公務員法と並んで制定されるべき地方公共団体の職員に関して規定する法律(地方公務員法)が未だ制定されていなかつたゝめ、右特例法第三十三條に於て右法律が制定されるまでの間右特例法若しくはこれに基く命令又は他の法律に特別の定があるものを除くほか地方公務員としての身分を有する教員公務員につき特別の定をすることを政令に委任し、右特例法施行令第九條はこの委任に基き地方公務員としての身分を有する教育公務員の身分を右の制限内で一般地方公務員の身分と同様に取扱うことを定めたのである。そして地方自治法附則(昭和二十二年法律第六十七号)第五條によれば一般地方公務員に対し官吏分限令第十一條が準用されるものと解されるのであつて地方公務員としての身分を有する教育公務員に対しても特にその準用を排除する趣旨の規定は存しない(右特例法第十四條及び第十五條は休職処分に付する場合を制限した趣旨の規定ではない)から、地方公務員としての身分を有する教育公務員に対しても右特例法施行令第九條に基き当該都道府縣の吏員の例により官吏分限令第十一條が準用されるものと解すべきである。(2)又右特例法第二十三條第二項は国家公務員としての身分を有する教育公務員にのみ適用があるのであつて、地方公務員としての身分を有する教育公務員に対してはその適用がないものと解すべきことはその規定自体に徴しても明かである。(3)又官吏分限令第十一條第一項第四号は單なる事務職員のみならず地方公務員としての身分を有する教育公務員に対しても準用されるものと解すべきであるから原告等主張の(二)の(1)(2)(3)の点は何れも理由がない。
次に原告等主張の(二)の(4)の点について調査するに被告委員会に於て原告等にそれぞれ別紙記載のような事由があつていづれも教員としての適格性を欠くものとして本件休職処分を爲したことは証人石川健四郎の証言により認められる。よつて以下各原告につき右のような事由が存したか否かにつき判断するに、
一、原告佐藤正については、
証人鈴木喜介、片貝春雄、堀内徳長の各証言、同原告本人訊問の結果の一部及び成立に爭いない甲第十七号証、同第二十七号証及証人片貝春雄の証言により成立を認めうる乙第七号証の一乃至三を綜合すると、(イ)同原告は昭和二十二年十月十八日長野縣湯田中に於て開催された日本共産党北陸地方会議及び同年十一月十五日新潟市に於て開催された同党新潟地方会議に学校を欠勤して出席したが、右会議に出席するについては予め校長の諒解を得ることなく、何れもその前日校長の不在中其の留守宅に欠勤届を出しておいたに過ぎなかつたこと、(ロ)同原告は新発田市余裕住宅開放委員会の共産党を代表する委員であつたが、昭和二十三年六月十六日頃その日午前十時から右委員会に出席するため校長の許可を求めたところ校長より、職場を離れることはよくないと注意され許可を得られなかつたことから興奮し、許可して貰はなくともよいと大声で怒鳴り礼儀を失した態度を示し、又同年十月中校長に無断で同委員会に出席し、そのほか当時二回に亘り校長に無断で学校を早退し同委員会に出席したこと、(ハ)同年十二月十一日頃病気を理由に学校を欠勤しながら新発田市民大会に共産党員として出席したこと、(ニ)昭和二十四年六月頃学校の教員室に於て同僚の教員堀内徳長に共産党機関紙アカハタウイークリーの購読をすゝめ、又その頃生徒をして新潟縣に於ける同党機関紙新ニイガタを購読者宅へ三、四回運ばせたこと、(ホ)又授業時間中生徒に対し特定の政党のみを支持するような言動のあつたことが認められる。之を覆えすに足る証拠は存しない。そして以上のような事実に弁論の全趣旨を綜合すると、同原告は校務を掌り所属教職員に対して監督権を有する校長の正当な教育方針に反し自已の所属する政党の政治活動のために恣に振舞う傾向が強かつたこと、又教育基本法第八條第二項の精神に反して特定の政党を支持するようなかたよつた教育を行うおそれのあつたことが窺はれるのであつて、結局同原告はこれらの点に於て教員としての適格性に欠くるところがあつたものと認めざるを得ない。
二、原告南雲源兵衞については
証人上村義平、田村淳、松井正敏の各証言を綜合すると、(イ)同原告はその所属する日本共産党五十沢細胞を中心として作られた五十沢村子供を守る会の準備会で昭和二十四年五月五日同村の小学校、中学校、青年会館等に於て兒童、生徒等に対し紙芝居と映画の会を催した際これを企画し前日学校に於て右のような会を催すから集るようにと記載したビラを生徒に配布し、当日インターナシヨナルの歌を唱い共産党でなければ明るい社会はできないというような説明で終る紙芝居を演じ、集つた子供等にアカハタの歌を印刷した紙片を配つてこれを合唱せしめたこと、(ロ)昭和二十四年五月頃自轉車の後部泥除けに日本共産党五十沢細胞南雲と大書しそれに乘つて学校に通勤していたこと、(ハ)又教室に於てアカハタ編輯局発行の子供仲よし新聞の購読を生徒に取次いでやつたことなどが認められる之に反する証人桑原義二、岩田定栄の各証言及び同原告本人訊問の結果は信用できない。そして右認定の事実に弁論の全趣旨を綜合すると、同原告は教育基本法第八條第二項の精神に反して特定の政党を支持するようなかたよつた教育を行うおそれのあつたことが窺はれるのであつて結局同原告はこの点に於て教員としての適格性を欠いていたものと云うべきである。
三、原告藤田正については
証人今井良平、三輪正男、山口一松、星野大三の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、(イ)同原告は校長に対し時々礼儀を無視した言辞を弄し学校運営に非協力な態度をとることがあつたが、昭和二十四年九月頃学校の職員室に於て校長が無作法に振舞つていた生徒等をたしなめ、又生徒等の編輯していた雜誌について注意を與えていた際右生徒をかばつて校長に抗議をし、校長室に入つて大声で校長は良心的でない不道徳だ等と礼儀を失した侮辱的な言辞を弄したこと、(ロ)昭和二十四年頃職員朝会に遅刻して出勤することが非常に多かつたこと、(ハ)昭和二十二年九月頃授業の際貿易再開の問題を論じ当時の多数の世論に反して貿易を再開すると相手国の植民地化するからこれに反対すべきであると述べて生徒を当惑せしめ、又ある時は進駐軍が駐屯している間日本は眞の自由を得られないから早く撤退して貰はねばならないと占領政策に反するようなことを生徒に教えて一部父兄の物議を釀したこと、(ニ)特定の政党を支持するようなかたよつた教育を行うおそれがあつて一部の父兄から教員としては不適当であると排斤されていたことが認められるのであつて、右認定に反する証人平賀庄吉、河上誠次、高橋エミ、佐藤幸治、野沢泉の各証言、原告本人訊問の結果はいづれも信用し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。從つて結局同原告は校長の正当な教育方針に反し勤務状況も良くなかつたこと、又教育基本法第八條第二項の精神に反する行爲があり、一部父兄の信用も失つていたことが窺はれるのであつて、このような点に於て教員としての適格性を欠いていたものと云はざるを得ない。
四、原告酒井信子については
証人新藤正平、長場末男、荒木忠、松田時次の各証言に同原告本人訊問の結果の一部を綜合すると、(イ)同原告の勤務していた学校に於て昭和二十三年春各学級に馬鈴薯の種を分配して栽培せしめ、その收獲物は生徒の食料にするか或は他に賣却するか適宜各学級に於て処分することになつていたのであるが、同原告の担任していた学級に於て收獲した馬鈴薯は腐敗しやすいものであつて処分前四、五貫匁のものを腐敗せしめたこと、(ロ)昭和二十三年中縣教職員組合の役員として組合事務を担当し時々出張するため、学校を欠勤することがあつて時には会議の都合で予め校長の了解を得ることが出來なかつたこと、又毎月の担任学級の統計表の提出が遅れたり出勤簿に捺印することが遅れることもあつたこと、又担任していた国語の授業について教科書の進み方が多少遅かつたこと、(ハ)笹岡村大字笹岡三原堅藏方に下宿していたが、夜遅く帰宅することもあつて私生活が多少不規則であつたこと、(ニ)又昭和二十四年四月頃学校の教員室に於て雜談の際同僚の教員荒木忠に対し共産主義的な思想を持つて活動したらどうかとすすめたこと、父兄の一部に原告の思想傾向について云爲するものがあつて昭和二十四年項村長、村会議長等が原告の轉任を希望する陳情書を縣教育廳に提出したことが認められるけれども被告主張のその余の事実については之を認むるに足る証拠がない。そこで以上の事実について考えるに右(ニ)のような事実があつたからといつて直ちに同原告が教育基本法第八條第二項の精神に反し特定の政党を支持するようなかたよつた教育をなすおそれがあるものとは認め難いのであつて結局以上のような事実によつては原告が教員としての適格性を欠いているものと認定するに十分でない。
五、原告福井ツルヨについては
証人鈴木俊雄、小林章平、斎藤孝の各証言並びに同原告本人訊間の結果の一部を綜合すると、(イ)同原告は家族が多く毎朝家庭の主婦として炊事その他の雜務に追はれこれを済ませてから幼兒を一粁位離れた他人の家に預けて來なければならないような事情があつて午前八時二十分から行はれる学校の職員朝会に時折遅刻することのあつたこと、(ロ)縣教職員組合の役員として組合活動に熱心であつたこと、(ハ)昭和二十四年中受持の二年男子の生徒の内乱暴なものが多くて音樂の授業の際騷がしかつたこと、(ニ)昭和二十四年六月頃二年三組へ補欠授業に行つた際生徒が自習をしている間に自分で「アカハタ」を読んでいたこと、又昭和二十四年十月十二日頃学校の教務室に於て町民の一人に対しアカハタの購読をすすめたことが認められるけれども被告主張のその他の事実は認めるに足る証拠がない、そこで以上の事実について考えるに右(ニ)の事実によつて直ちに同原告が教育基本法第八條第二項の精神に反し特定の政党を支持するようなかたよつた教育をするおそれのあるものとは認められないのであつて、結局以上のような事実があつたからとて同原告に教員としての適格性が欠けているものと認定するに十分でない。
さすれば被告が原告佐藤正、同南雲源兵衛、同藤田正の三名について教員としての適格性を欠いているものと認めたのは相当であつて、このような場合も官吏分限令第十一條第一項第四号に定められた官廳事務の都合により休職処分に付する必要があるときにあたるものと解すべきであるから、結局右原告等三名に対してなした本件休職処分には原告等主張のような違法の点はない。よつて右原告等三名の本訴請求はいづれもその理由がないから之を棄却する。しかしながら被告が原告酒井信子、同福井ツルヨの両名について教員としての適格性を欠くものと認めたのは十分な資料に基かないものであるから、右原告等両名に対してなした本件休職処分は違法であることに帰着し取消を免れない。よつて右原告等両名の本訴請求は理由あるものとして之を認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 山村仁 中村憲一郎 小林信次)
被告主張の休職処分に付した事由
原告 佐藤正
(一) 校長の教育方針及び学校の運営に協力せず且勤務不良であつた、即ち
(1) 昭和二十三年七月新潟縣北蒲原郡中浦中学校の第一学年主任教諭として福島潟から新井郷川、阿賀野川を通過し海路を経て新潟市に至る修学旅行計画を樹てたが校長鈴木喜介から海路の危險を慮かり通船川を通ることに変更を命ぜられたにも拘らず計画実施に当り無断で海路を経て新潟市に至る行路をとつた。(引率者は原告佐藤正ほか数名)このため校長は中浦村教育委員長五十嵐勇一郎から危險な修学旅行実施の責任を追及された。
(2) 昭和二十二年十月十八日校長の許可を得ず欠勤し長野縣湯田中に於て開かれた全国共産党大会に出席した。同年十一月十五日校長の許可なくして欠勤し共産党新潟地方委員会に出席した。昭和二十三年十二月十一日無届欠勤して新発田市民大会に出席した。その他無届早退して職務外の勝手な行動をとつたことが数度あつた。
(二) 学校内で紛爭を起した
即ち昭和二十三年六月十六日新発田市余裕住宅開放委員会に出席のため校長に対しその許可を申出でたが職務外のことだからという理由で許可を得られなかつたところ校長を怒鳴りつけた。その他職員に事毎に独自の意見を以て対立抗爭した。
(三) 教育基本法第八條に違反する行爲があつた、即ち
(1) 昭和二十四年六月中旬頃職員室に於て他の教員に共産党機関紙アカハタの購読をすすめた。
(2) 共産党機関紙を生徒を使つて配布した。
(3) 民主主義擁護同盟の三色バツヂを教務室に於て生徒に賣つた。
(4) 授業時間中に特定政党のみを支持宣傳する言動があつた。
原告 南雲源兵衞
(一) 教育基本法第八條に違反する行爲があつた、即ち
(1) 昭和二十四年五月五日五十沢中学校五十沢小学校及び五十沢青年クラブに於て五十沢中学校生徒その他の生徒兒童を会合せしめ自ら紙芝居を演じて共産党の宣傳を行つた。
(2) 昭和二十四年四月以前から六月頃までの間「共産党細胞」の名を特書した自轉車をはばかるところなく学校内まで持ち入れ公の施設内で教員の地位を利用して兒童生徒に対して自己の所属する政党をデモンストレーシヨンして影響を與えるところが多かつた。
(3) 共産党系出版社より発賣されている刊行物(子供の旗、子供の廣場、なかよし、歌の本)等を教室に於て生徒の閲覧に供し校内に於て取次を爲し又は販賣した。
(二) 教員の体面を汚した、即ち
(1) 昭和二十四年六月二十七日、六日町未廣座に於て前進座の演劇が行はれたとき夜間上演の幕合にアイスキヤンデーを賣つた。
(2) 昭和二十四年七月二十日五十沢村青年団陸上競技大会が五十沢中学校校庭で行はれた際青共飴と称する飴を賣つた。
(3) 学校内に於て生徒の前で同僚教員の名だけ呼び棄てにすることがあつた。
(4) 民主主義擁護同盟の三色バツヂ及びメーデーバツヂを校長の許可を得ずして生徒に賣つた。
原告 藤田正
(一) 校長の教育方針又は学校運営に協力を欠き又学校内で紛爭を起す傾向が強かつた、即ち
(1) 校内の事務分掌につき校長や教頭に対し「薄給の教員に過重な仕事をさせることは不当である」と抗議したり又同僚を煽動したりした。
(2) 学校内で校長教頭等に接する態度が常に粗野で目上に対する礼儀を欠いている。昭和二十四年九月十日校長が勤務上のことで注意を與えたところ職員室内に於て生徒が多数居たところで大声にて抗弁し校長の人身攻撃をなしてわめき、たしなめても耳をかさなかつた。このような気風が生徒にも影響し礼儀を無視する者が多くなつた。
(3) 教育委員会に於て決議された「教育の政治的中立保持に関する決議」を無視することを今町中学分会会議に提案し否決されたことがある。
(二) 勤務が不良であつた。
即ち一週間に三、四回朝会又は第一時限に遅刻した。
(三) 教育基本法第八條に違反する行爲があつた。
即ち共産党員であることを自認しその思想上政治上の立場が学校教育の上に現はれ、偏向ある教育を未熟な生徒に行つた。自己の属する政党(嘗て政党員でなかつたときはその熱烈な支持者であつた)の理念を基礎として物の考え方や見方を一方に偏した立場から生徒に教育した。
(1) 昭和二十三年九月頃授業時間中「貿易再開について」という科題を取扱い教室に於て生徒に対し「日本が貿易を再開することは相手国の植民地化する第一歩であるから貿易の再開には反対しなければならない」と説明した。
(2) 又その頃授業時間中「日本の復興について」という科題を取扱い教室に於て生徒に対し「進駐軍が日本に駐在している間は日本の思ふことや日本の復興などは思いもよらないことだから、一日も早く撤退するようにしたい」と述べ、生徒に間違つた又は偏つた考え方を植えつけたので、正しい判断に迷つた生徒等は他の教員や父兄に対しこれにつき質問した。
(四) 地域社会から排斥されていた。
思想的に好ましくないので今町の教員として不適当であるとして排斥の空気が濃厚であつた。
原告 酒井信子
(一) 教育者としての体面を汚し生徒父兄等の信用を失つた。
即ち女性として分別盛りの年齢であるにも拘らずだらしなく放漫なやり方で校務執行に大きな支障を來した。
(1) 馬鈴薯を收穫したとき校長はその処理を各学級にまかせその代金を学級費にあてるか或は書物の購入費にあてるか決定されていたにも拘らずその馬鈴薯を担任学級の教室に放置して腐敗させてしまつた。
(2) 一体に事務関係の仕事にずぼらで雜誌代校友会費等集金事務が遅れたり毎月の統計を出さなかつたり出勤簿の捺印をしなかつたりして校務を澁滯させた。
(3) 昭和二十二年中教科書係として兒童から教科書代金を集めておきながらこれを本屋に支拂はずそのため督促を受け学校の信用を落した。
(4) 昭和二十三年度は無届で欠勤遅刻を常時行い学校運営に大きな支障を來した。
(5) 昭和二十三年及びその前年度に於いて生徒に教える教科が進まず又違つたことを教えたり、教室経営等もルーズで教育能率が上らなかつた。
(6) 学校長に無断で生徒を神山校の学芸会に連れて行き出演させて謝礼を受取つた。
(7) 代議員でもないのに無届で組合会議の傍聽に出かけたことがある。
(8) 青年学校のあつた頃(昭和二十三年三月三十一日以前)一週二時間の講師を委嘱されていたが全然といつてよい位講議に出ず無届で欠勤した。
(二) 以上の外私行上父兄に信用がなかつた。即ち
(1) 私生活の態度は実にだらしなく下宿には夜遅く帰つたり夕食等の時間が定まらず下宿先では大変な迷惑を感じていた。そのため八年間に六回の宿替をしている。これは私生活のだらしなさにあきれ下宿先から排斥を受けたためである。
(2) 思想動向から父兄に信用がなかつた。即ち
(イ) 学校内の同僚に対して共産党に入党をすすめた。
(ロ) 「村長不信任事件の眞相、保守反動の策謀暴露」記事の印刷を引受け共産党に協力した。
(ハ) 学校長はその思想動向について部落の父兄会から幾度か注意を受けた。
(ニ) 昭和二十三年度に村長、村会議長、議員有志等から連名で他村へ轉出の陳情をされたことがある。
原告 福井ツルヨ
(一) 勤務不良であつた。
一週間に四、五日は職員朝会に遅刻した。
(二) 教育意欲に欠け教授能力が低い、即ち
(1) 教員組合の活動には極めて熱心で郡婦人部長郡支部執行委員の地位にあり教員組合婦人部講座の講師として新潟縣東蒲原郡及び東頸城郡に出張し組合員を指導する等組合活動のために学校を早退或は欠勤することがあつた。
(2) 授業時間中教室に於て共産党機関紙アカハタを閲読していた。
(3) 日本民主主義教育協会岩船郡支部の結成に指導的役割を爲し昭和二十四年六月二十五日その結成を実現したのであるが校務となると衞生主任の地位にありながら実績をあげ得ず、又音樂の授業等にも教師として自ら歌い或はピアノを彈いても生徒は喧噪を極めついてこない。
(三) 教育基本法第八條に違反する行爲があつた。
即ち昭和二十四年十一月三日を中心とする三面川開発記念展覧会が村上中学校に於て行はれた際教師としての地位を利用し教務室に於て來会した父兄に共産党発行の印刷物の購入をすすめて共産党の宣傳をした。